【8月9日(土)】新しい英単語を覚えた...“DEMOLITION”

爺の隠居暮らし
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*フィリピン時間=7:30
*天候=晴れ
*気温=29℃
*湿度=80%
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 真夏を思わせる暑さが戻ってきた(?)...MNLです。
今朝は、30分ほど寝坊しました。
尤も、寝坊ではない標準起床時間が曖昧ですが...、
午前7時半に起きると、既に、真夏のような暑さでした。
しかし、西側に位置するトイレは...涼しい!!
『ダイニングとトイレでは...かなりの温度差!!
 4~5℃あるかも...??
 せいぜい1~2℃か?!』

 ボヤボヤしている内に8月になって...、
既に、きょうは9日です。
日本に居る頃は、8月6日、9日、15日は何かと忙しかったのですが...、
こちらに移り住んで14年...、15回目ともなりますと...、
8月が普通の月と変わらなくなります。
でも、お盆だけは憶えている...カミさんが!!(汗)

赤ちゃん...不憫だなぁ~!!
 最近、スーカット道路とプレジデント通りの交差点角にSM・BFパラニャケなるモールができました。水曜日はコーディングに関係のないBFパラニャケに行くことが多くなったのですが、その他の日は、やはり滅茶苦茶デカく...、14~5年もの間通い慣れたSMサウスモールに出かけます。
 今週の木曜日、SMサウスモールへ行こうとBFからアラバン・サポーテ道路に出ました。その途端、目の前にジープが3列横隊に広がって渋滞していました。
『何事...?!』

 その渋滞...、ノロノロ運転はその後も続き、コンド“OHANA”のある右カーブに差し掛かっても解消されません。実は、この辺りは幾つかビレッジに繋がる道路が交差していて、日頃から渋滞する場所ではあるのです。しかし、この日はまだまだ深刻な渋滞が続いていました。
 間もなく、左側に“じゃんけんぽん”の椅子やテーブルを作って貰った注文家具屋さんが見えてきました。何やら、荷物を店の前に出して並べています。その隣の車屋さんのショーウインドーのガラスには、ベージュ色の紙が貼られていました。
『あらっ...、引っ越し?!』

0809-2.jpg
 ところが、その先...道路の反対側が大変なことになっていました。
道路に面して立ち並んでいた筈の...BBQ屋さん、溶接屋さん、車の修理屋さんやマフラー屋さん、扇風機専門(?)の修理屋さん、バッテリー屋さんなどが“打ち壊し”にあっていました。否、実質的には自らの手で撤去していましたが、その周辺にはラス・ピーニャス市の公用車、バランガイの名前の入ったトラック、パトカー、消防車が待機しており...、建物の日影や木陰には制服警官など歓談...、警備をしているようでした。
『あらら、此処は不法居住者だったの...??』

 そこには、見慣れない...隠居の知らない英語の単語が書かれていました。“Dimolisyon”...タガログ語化した英語のようです。後で調べてみたら...「撤去」という意味でした。でも、ただの「撤去」ではなく、「爆発物などによる建物の破壊、撤去、爆破」という意味もあるそうで、住民にとってはただの「撤去」、“Removal”ではなかったのでしょう...、心情的に。
0809-04.jpg
 撤去した建物の資材、家の中にあったであろう家財道具などが、2車線道路の1車線と歩道を占拠していました。また、歩道のところどころにはブルーシートを屋根代わりにした“仮設住宅”が早くもでき、撤去した資材を“使用済み木材”として販売する看板を見かけました。
『突然のことで...、余り、写真は撮れなかった!!』

 でも、どうして...、こうなるまで行政は放っておいたのでしょうか。フィリピン国鉄の線路脇にできた不法占拠住宅...、あれにも“大家”さんが居て家賃を徴収していたケースもあったそうです。道路脇のこうした住宅、店舗にも、当然、お目こぼし料やら家賃もあったのでしょうね。何か、大きな計画が動き出し、本当に邪魔になるまでは、家賃次第、袖の下次第だったのかもしれません。
 数年前、立ち退きにあった不法占拠居住者が抗議のためにスーカット道路に出て、道路を占拠したことがありました...その場に遭遇して、怖かった!!
『あの時は、SMがマンションを作るための撤去だった!』
0809-01.jpg

 今回目撃した撤去作業は粛々と進められているようです。しかし、歩道のコンクリートの上にビニール・シートを敷き、その上に寝かされていたスッポンスッポンの赤ちゃんが不憫でした。

************ さらんご~ら ******************
さらんご~ら[saranggola]:フィリピンの言語、タガログ語で「凧」の意。
【用  法】大空を自由に飛び回る凧に託して、フィリピンでの気ままな暮らしぶりを表現。
【現  実】凧糸の端をカミさんにしっかりと握られ、自由、気ままなのは、凧糸の長さ分だけ。
【同意語】お釈迦さまの掌の上から出られない『孫悟空』。
【ウエッブサイト】さらんご~らのフィリピン隠居暮らし どっぷり15年目
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職務が信心を

こんにちは、さらんご~らさん。

フィリピンの土地買収って、「はぁ~、ホントかよぉ~!」と思わされます。
少し前に、サンミゲールに実家がある在日フィリピン人と話をしていたら、父親の畑にマニラからのハイウェーが通ったそうなんですね。で、私が「じゃ、実家はお金持ちになったね。」というと、「お金は貰えない。」との事でした。
色々訊いたのですが、最後は「しょうがない。」でした。フィリピンの場合、「雀の涙」のような金額らしいですね。
これが不法占拠住宅となれば、当局の対応は血も涙もないものになるのは自明の理です。
当局の人の中には、信心深いキリスト教徒も居るであろうに、コンクリートに敷かれたビニールシートにスッポンポンで寝かされた子供を憐れむ気持ちが無いんですかね。
職務が信心を上回わらないと出来ないんだろうな、と思ったりしてますが。

地主の都合

あの場所がデモリションでしたか・・
そのための大渋滞、あの界隈はただでさえSMサウスモールに出入りするお客さんで渋滞を引き起こす傾向にありましたね。

今回はどのような事情があったのでしょうかね。
仰るスーカットロードのシルベリオはSMのコンドミニアム建設のため、今回もまたそこに地主の都合や思惑が絡んでいるのしょうね。

しかしデモリションで追い出された人達は場所を変えて又同じような形で同じような商売をするのでしょうね。
何かイタチごっこの繰り返しのような気がきがしますが、なんの為のデモリションか、後に判るのでしょうね・・・

そう言えばシルベリオのデモリションの時は、住民の反対で大騒ぎになりましたが、そこには住民を煽る煽動屋みたいな人達も存在しており、死者も出たのでしたね。

今回のあの場所は静かな話合いでもあったのでしょうか、僅かな立退き料で話がついたのか、自己撤去で終わったのかな・・・・


Re.職務が信心を

yuさん、彼らはきっと知っていると思いますよ...、
どんなにお腹が空いていても、
神さまはひと切れのパンもくれないことを...!!
今、生きていることに感謝しているのでしょうね。

 多分、お金...予算は、それなりに有ると思います。
でも、最終的に行くべきところに届かず、途中のポケットに収まってしまうのではないでしょうか。ですから、作られるべきものが作られず...、出来ても直ぐに壊れるか、無くなるか...。

Re.地主の都合

大将...DEMOLITIONって単語、知っていました?
凄い!!

 この撤去作業は水曜日から始まったそうです。
追い出された人たちが、一時的でしょうが...歩道、道路1車線を占拠しています。家財道具を運ぶ車の手配、移転先探し...そうそう容易にはできませんからね。でも、雨季にしては雨が少ない...、ここ数日は降らないので、他人事ながら...良かったです。

 勿論、他人さまの土地に無断で住み着く方が悪いのですし、そうした人たちを助けろ!...とも言いません。でも、もっとやるべきことがあるとは思うのですが...。

 今のSMサウスモールに改装する前、裏の駐車場部分にコンドができる...という噂がありました。今は、改装も終わりましたが、その気配すらありません。もしかした、SMDCがあの辺りに触手を伸ばしたのかもしれませんね。

コンドミニアム

そう言えばSMサウスモールのの改装工事の時には半分コンドになるとか色んな話がありましたね。

アラバン・サポーテ・ロードのSMセンターは完全にその形で裏側にコンドが建っていますね。

>DEMOLITION

これは以前にシルベスター・スタローンの主演の映画で「Demolition Man」を見たことが有るからです。
その時にデモリションって何だろうと偶然調べたから解っていただけでした(笑)

それにしてもここのところスクアッターのデモリションは結構あちこちで行われているようですが、やはりその場所に何かを建てるから邪魔になる、そうした理由が第一のような気がします。

ところで今回の場所は何を作るんでしょうね・・・

Re.コンドミニアム

大将...遅くなりました。

 なるほど、映画で憶える英単語って...有りますね。
“猿の惑星”では...“apes"を憶えました(笑)。

 隣のコンド・OHANAが増築されるとか...、
新たなコンドができるとか...、
いろいろな話が聞こえてきますが、果たして...。

 伝聞ですが、あそこに60年間も住んでいたという60歳のおばあさんがいたそうです。そこで産まれて、あそこで育って、子を作って、孫もできたのでしょうね。故郷が無くなったようなものですね。
でも、このおばあちゃんの親が居た訳ですから、戦後...丸々、住んでいたのかもしれませんね。
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